1946年の戦災復興都市計画から、美濃部都政による道路建設凍結、そして事業化計画による段階的な再始動まで。優先整備路線の背景にある80年の歴史を整理する。
1946年計画決定、80年近く未完成の補助52号線。防災上の必要性と、住民の反対で一部区間が計画廃止になった経緯を追う。
800戸規模の立ち退きが見込まれる計画道路。隣接路線での住民投票不成立という前例をふまえ、行政・住民双方の対応を検証する。
戦後復興計画からの「塩漬け」路線。防災・交通上の必要性の説明と、半世紀続く反対運動の双方を検証する。
老朽木造住宅密集地域の防災道路整備。用地取得を加速させる新組織の動きと、地域の反対運動、両方の言い分を見る。
住民訴訟が最高裁まで争われ、いずれも棄却された特定整備路線。司法判断後も続く反対運動の意味を考える。
反対運動ではなく、東京湾を渡る橋・トンネルという地理的な難所が最大のネック。100年越しの道路計画の現在地。
大きな反対運動はなかったのに20年かかった道路。派手な対立がなくても長期化する都市計画道路整備のリアルな時間感覚を追う。
2024年に平和台トンネルが開通した放射35号線・36号線。地域住民との協働まちづくりで進む道路整備の現在地。
東京外環自動車道の地下化にともない「不要では」という声が強まった地上部街路計画。練馬区だけが整備に前向きという、地域差が際立つケース。
江古田の商店街、桜台の住宅街を通過するルート。地元区議の反対運動と、都・区の「計画は変えない」という姿勢がせめぎ合う。
抜弁天から文京区壱岐坂上まで4.7km。最後の未整備区間が開通し、沿道ではまちづくりガイドラインづくりが進む。
明治通りの一部を構成する環状道路。優先整備路線に選ばれた2区間はいずれも「骨格・交通・国際」を理由に選定されている。
「継続性」「関連事業」という選定理由が示す通り、すでに動いている整備の延長線上にある2区間。
世田谷区独自の「せたがや道づくりプラン」で、優先整備路線の中からさらに早期整備が指定された3路線の一つ。
環状7号線から放射23号線に至る区間。選定理由「交通・安全」が示す、地域の交通課題解消を目的とした路線。
環八通りに接続する800mの区間。「交通・安全」を理由に選定された、比較的シンプルな整備目的を持つ路線。
「関連事業」として選定された940m区間。環状4号線・道灌山下交差点との接続整備の一環とみられる。
優先整備路線に4区間が同時に選ばれている環状4号線。骨格幹線道路として区をまたいだ整備が進む。
1946年決定の計画が2025年に一部開通。都心と関越道・外環道を結ぶ道路が、生活道路の安全性にも効果をもたらした具体例。
大田区から江戸川区まで57.2km。既に4〜6車線で整備済みの環七のうち、北区の一部区間だけがなぜ今も優先整備路線なのか。