この道路、何がどうなってるの?
補助52号線という道路が、世田谷区にあります。目黒区青葉台から世田谷区成城まで、約9.6kmをつなぐ計画の道路です。
「計画」というのがポイントです。この道路、戦後すぐの1946年(昭和21年)に計画が決まったものなのに、80年近くたった今も全部はできていません。
環七通りまでの区間は1965年にできました。でも、そこから先、成城までの約4.9kmの区間は、1996年に東京都が「これから工事します」と発表してから、まだ工事が終わっていません。
「都市計画道路」というのは、都や区が「ここに道路を作ります」と決めた場所のことです。決まった場所に住んでいる人は、家を建て替えるときに制限がかかったり、いずれ立ち退き(引っ越し)を求められたりします。「収用(しゅうよう)」という言葉も出てきますが、これは行政が正当な補償金を払って強制的に土地を買い取る手続きのことです。
反対運動の中身
1996年に東京都が整備計画を発表すると、すぐに住民の反対運動が始まりました。「補助52号線(環境破壊)に反対する会」という団体が結成され、沿線の地権者や住民が集まって、以下のような活動を続けてきました。
- 「反対」のプレートを家の前に掲示
- 署名運動
- 学習会の開催
- 都議会・区議会への働きかけ
反対する会によれば、当初は沿線の地権者の7〜8割が反対の意思を示していたといいます。
その後、東京都は2012年に「木密地域不燃化10年プロジェクト」という別の看板を掲げ、この道路の一部区間を「特定整備路線」に指定しました。特定整備路線とは、地震のときに火が燃え広がるのを防ぐ「延焼遮断帯」を作る目的で、都が優先的に整備を進める路線のことです。
2016年に若林〜世田谷線区間が事業認可され、用地買収が進んでいます。一方、反対する会の記録によれば、成城217号線から成城四丁目までの約550m区間は、住民の反対によって計画そのものが廃止になりました。
何が問題なのか
1. 防災を理由にした事業の必要性 延焼を防ぐ道路が必要だという説明自体は、木造住宅が密集する地域では一定の合理性があります。東京都は震災時の避難路確保や緊急車両の通行路として整備効果を説明しています。
2. 80年前の計画をそのまま生かすことへの疑問 1946年の都市計画がベースになっているため、周辺が閑静な住宅地に変わった今の街並みと計画が合っていない、という住民の指摘には理解できる面があります。都市計画道路は決定から数十年経っても見直されないまま残ることが多く、現在の土地利用の実態と乖離しているケースは他の路線でも指摘されています。
3. 一部区間が計画廃止になったという結果 成城の一部区間で計画そのものが廃止されたという事実は、行政が一度決めた都市計画でも、住民の反対運動が長期にわたって続けば見直しに追い込めることを示しています。ただし、防災上必要とされる路線が地域ごとの運動の強さによって「できるところ」と「できないところ」に分かれることについては、公共事業としての一貫性という観点から疑問も残ります。必要な道路であれば全線で整備すべきですし、不要というならそもそも全線で計画を見直すべきです。中途半端に一部だけ残る現状は、行政・住民どちらの立場から見ても望ましい決着とは言えません。
まとめ
補助52号線は、防災上の必要性を都が説明しながらも、30年近く反対運動が続き、一部区間では計画自体が廃止されるという結果になっています。震災対策としての延焼遮断帯の必要性と、長期化する事業の是非について、住民だけでなく都民全体で考える必要がある事例です。
参考情報源:「補助52号線(環境破壊)に反対する会」公式サイト、世田谷区・東京都建設局公表資料等。事実関係は複数の公開情報を基に構成しています。